18/XII/2018


Εὐάδνη  エウアドネー


【神話の要約】

Weizsäcker 1886: Roscher, Lexicon der Mythologie, I.1, s.v. Euadne

 

 エウアドネー(Εὐάδνη)。イーフィスIphisの娘(そのためイーフィアスIphiasともいう)。エテオクロスEteoklos(七将の一人)の姉妹。カパネウスKapaneusの妻。ステネロスSthenelos(エピゴノイの一人)の母。カパネウスの火葬壇(遺体を焼く薪の山)に身を投げて後追い自殺をした。

 父イーフィスはポリュネイケースPolyneikesにエリフューレーEriphyleを買収するよう勧め、その罪業のため子のエテオクロスEteoklos、カパネウスKapaneus、およびエウアドネーを失った。


【文献資料におけるエウアドネー】

 エウリーピデース「ヒケティデス」(Euripides, Hiketides, 980-1071)。オウィディウス「愛の技法」(Ovidius, Ars Amatoria, 3.21f.)。同「黒海からの手紙」(Epistulae ex Ponto, 3.1.111)。スターティウス「テーバイス」(Statius, Thebais, 12.126, 801)。アポッロドーロス「ビブリオテーケー」(Apollodoros, Bibliotheke, 3.7.1)。ヒュギーヌス「ファブラエ」(Hyginus, Fabulae, 243; 256)。フィロストラトス「エイコネス」(Philostratos, Eikones, 2.30)。

 

 エウリーピデース「ヒケティデス」の上演年代は前423から420年の間と推定される。舞台上でエウアドネーが崖の上から火葬壇に飛び込むという衝撃的な演出がなされた。現存悲劇作品のうち舞台上で自殺が演じられるのは、これと、ソフォクレース「アイアースAias」だけである。(自殺ではない死の場面としては、エウリーピデース「アルケースティスAlkestis」と「ヒッポリュトスHippolytos」がある。)ギリシアでは後追い自殺という習慣はなく、きわめて珍しい。ソフォクレース「アンティゴネー」では、アンティゴネーが縊死した後ハイモーンHaimonが自殺するが、これは後追い自殺というよりも、クレオーンKreonに対する抗議の意味合いの方が大きい。

 

 エウリーピデースの当該箇所は後続のすべての文献の源泉となった。そこではエウアドネーは「自殺」と「貞節」の意味を担う。(以下、頻繁に言及される人物に下線を施す。「自殺」ではなく泉などに変容する例もある。)

 

 オウィディウス「愛の技法」3(沓掛良彦/岩波文庫)

 

《・・・僅かな数の女たちの罪を、女全体になすりつけたりするのは差し控えておくがいい。どの女にしても、その長所によって判断することだ。

アトレウスAtreusの年下の子(=メネラーオスMenelaos)がヘレネーHeleneに対して、またヘレネーの姉(=クリュタイムネーストラーKlytaimnestra)に対してアトレウスAtreusの長子(=アガメムノーンAgamemnon)が、その罪を問うべきいわれはあるにせよ、またタラオスTalaosの娘エリフューレーEriphyleの罪深い所行のせいで、オイクレースOiklesの子(=アンフィアラーオスAmphiaraos)が生きながら、生きた馬に乗ったまま冥府へと降ったにせよ、

ペーネロペイアPenelopeiaは夫(=オデュッセウスOdysseus)が十年もの間流浪し、それと同じ年月の間戦いの日々を送っていたというのに、貞節を守り抜いたではないか。

フュラコスPhylakosの孫(=プローテシラーオスProtesilaos)と、夫(=プローテシラーオス)に付き従って(トロイアーTroiaに)赴き、寿命の尽きる前に死んだと伝えられている妻(ラーオダメイアLaodameia)のことを考えても見るがいい。

パガサイPagasaiの妻女(=アルケースティスAlkestis)は、身をもってフェレースPheresの子(=アドメートスAdmetos)の命を贖い、夫(=アドメートス)の身代わりとなって夫の葬儀の場へと連れて行かれたのだ。

「カパネウスKapaneusよ、私を受け入れて下さい、骨灰となった身を混じり合わせましょう」、こういうなり、イーフィスIphisの娘(=エウアドネーEuadne)は燃えさかる火葬の薪の中へと身を躍らせたのであった。》

 

 ヒュギーヌスHyginus「ファブラエFabulae243「自殺した女たち」Quae se ipsae interfecerunt(松田治ほか/講談社学術文庫)

 

《キッセウスKisseus或いはデュマースDymasの娘でプリアモスPriamosの妻であるヘカベーHekabeは、海に身を投げた。彼女は犬(キュオーンκύων)の姿に変えられていたので、この海はキュネイオスKyneios海(=ヘッレースポントスHellespontos)と呼ばれる。

カドモスKadmosの娘イーノーInoは、息子メリケルテースMelikertesとともに海に身を投げた。(母子はレウコテアーLeukothea、パライモーンPalaimonとして海の神になる。)

アウトリュコスAutolykosの娘でオデュッセウスOdysseusの母であるアンティクレイアAntikleiaは、オデュッセウスについての誤った報せを聞いて自殺した。(「オデュッセイアー」とは異なる伝承。)

イオバテースIobatesの娘で、プロイトスProitosの妻であるステネボイアStheneboiaは、ベッレロフォーンBellerophonヘの愛のため自殺した。

フュラコスPhylakosの娘(通常はイーフィスIphisの娘)エウアドネーEuadneは、テーバイで死んだ夫カパネウスKapaneusのために、同じ火葬壇に身を投げた。

ピッテウスPittheusの娘アイトレーAithre(アイトラーAithra)は、息子たちが死んだために自殺した。(他に知られない伝承。)

オイネウスOineusの娘デーイアネイラDeianeiraは、ヘーラクレースHeraklesのために自殺した。彼女がネッソスNessosに騙されて贈ったトゥニカtunicaを着たヘーラクレースが焚死したからである。(ソフォクレース「トラーキースの女たちTrachiniai」。)

アカストスAkastosの娘ラーオダメイアLaodameiaは、夫プローテシラーオスProtesilaosを思慕するあまり自殺した。

オイノマーオスOinomaosの娘、ペロプスPelopsの妻ヒッポダメイアHippodameiaは、自分が唆した結果クリューシッポスChrysipposが殺されたために自殺した。(または、ペロプスに殺された。)

アウトリュコスAutolykosの娘ネアイラNeairaは、息子ヒッポトオスHippothoosが死んだので自殺した。(他に知られない伝承。)

ペリアースPeliasの娘アルケースティスAlkestisは、夫アドメートスAdmetosのために身代わりとなって死んだ。(エウリーピデース「アルケースティス」。)

プリアモスPriamosの娘イーリオネーIlioneは、両親の不運のため自殺した。(プリアモスの末子ポリュドーロスPolydorosと自分の子デーイピュロスDeipylosを入れ替え、ポリュメーストールPolymestorに殺させる。)

ヒュプセウスHypseusの娘テミストーThemistoは、イーノーInoにけしかけられて息子たちを殺したために自殺した。(エウリーピデースの失われた「イーノー」。)

イーカリオスIkariosの娘エーリゴネーErigoneは、父の死のために自ら縊れて死んだ。(乙女座Virgoに変容。)

ミーノースMinosの娘ファイドラーPhaidraは、自分の継子ヒッポリュトスHippolytosを愛したため、自ら縊れて死んだ。(エウリーピデース「ヒッポリュトス」。)

フュッリスPhyllisは、テーセウスTheseusの息子デーモフォーンDemophon(夫)のために自ら縊れて死んだ。(別伝では巴旦杏に変容。)

アイオロスAiolosの娘カナケーKanakeは、兄弟マカレウスMakareusへの愛のために自殺した。

ミーレートスMiletosの娘ビュブリスByblisは、兄弟カウノスKaunosへの愛のために自殺した。(または、カウノスから愛されたため。)

アトラースAtlasの娘カリュプソーKalypsoは、オデュッセウスOdysseusへの愛のために自殺した。(カリュプソーは不死のはずだが。)

ベーロスBelosの娘ディードーDidoは、アイネイアースAineiasへの愛のために自殺した。(ウェルギリウスVergilius「アエネーイスAeneis」第4巻。)

メノイケウスMenoikeusの娘イオカステーIokasteは、息子たちの死と自分の罪業のため自殺した。(エウリーピデース「フォイニッサイ」。)

オイディプースOidipousの娘アンティゴネーAntigoneは、ポリュネイケースPolyneikesを埋葬したために自殺した。(ソフォクレース「アンティゴネー」。)

テュエステースTyestesの娘ペロピアーPelopia(ペロペイアーPelopeia)は、父の背徳のため自殺した。(生まれた子がアイギストスAigisthos。)

バビュローンBabylonティスベーThisbeは、ピューラモスPyramosが自殺したために、自分も自殺した。(オウィディウスOvidius「メタモルフォーセースMetamorphoses」第4巻。それぞれ川と泉に変容。)

バビュローンBabylonのセミーラミスSemiramisは、馬を失った時、火葬壇に身を投じた。(他に知られない伝承。)》

 

 同256「この上なく貞淑な女たち」Quae castissimae fuerunt

《イーカリオスIkariosの娘でオデュッセウスOdysseusの妻のペーネロペーPenelopeペーネロペイアPenelopeia)。

フュラコスPhylakosの娘でカパネウスKapaneusの妻のエウアドネーEuadne

アカストスAkastosの娘でプローテシラーオスProtesilaosの妻のラーオダメイアLaodameia

キッセウスKisseusの娘でプリアモスPriamosの妻のヘカベーHekabe

テストールThestorの娘テオノエーTheonoe。(適合しない。)

(ペリアースPeliasの娘で)アドメートスAdmetosの妻(のアルケースティスAlkestis)。

ローマ人の中では、ルクレーティウスLucretiusの娘でコッラーティーヌスCollatinusの妻のルクレーティアLucretia。(歴史上の人物。)》


【考古資料におけるエウアドネー】

 図像遺品は全く現存せず、『エイコネス』(II.30)における記述のみ。


Καπανεύς カパネウス


【考古資料におけるカパネウス】

 番号に付した*は図があることを示す。


場面不詳

文献資料

1  パウサニアースPausanias(彫刻)。

2「パラティーナ詩歌集」Anthologia Palatina(彫刻)。

3  プリーニウスPlinius, Naturalia Historia, 35巻(絵画)。

断片

4  ホメーロス杯、前3世紀後半。銘だけ。

他の英雄とともに

5  Etruriaの鏡、前3世紀/前2世紀初め。Kassandraと話すKapaneus(=Etruria名でカプネCapne)。


II ペリアースPeliasの葬礼競技

6* =Amphiaraos 2  陶器画。AthenaiAkropolis出土、前570年頃。


III テーバイ攻撃

アルケモロスArchemorosの死

7*  Apulia赤像式、前340年頃。Parthenopaios(左)に話しかけるしぐさをするKapaneus(右)。


テーバイ包囲の準備

8*  Etruriaの彫石、前5世紀後半。兜と衣を持つKapaneusCapne)。

9*  Romaの石棺、Korinthos出土、紀元170-180年頃。横に並んだ7人の戦士のうち右から3人目がKapaneus。鎧を着、右手にKorinthos式兜、左肩に剣と梯子、両脚の間に箙。

10  ブロンズ貨幣。トラーキアーThrakiaのビツャBizya発行、セプティミウス・セウェールスSeptimius Severus帝時代(紀元193-211年)。


テーバイ包囲

11  Etruriascarabée。前4世紀。扉板を引きずるKapaneus

12-17 梯子を登るカパネウス。

12*  Campania赤像式、前4世紀中頃。4人いる戦士のうち一番左。梯子に脚を掛けて登るKapaneus。兜、クラミュスχλαμύς。右手に剣、左手に楯。

12a  Campania赤像式、前4世紀第3四半期。城壁に立て掛けた梯子の前に立つKapaneus。雷のような物、馬車、NikeKreon。エウリーピデースEuripides「フォイニッサイPhoinissai」(1172 ff.)に適合する描写。

13*  Etruriaの遺灰容器、キウーシChiusi製、前2世紀前半。城壁の扉に立て掛けた梯子の中程まで上がったKapaneus。右手に剣、左手に楯。城門の上には楯で防御するThebai兵(左)と松明を持ったダイモーンDaimon(右)。

14*  Etruriaの遺灰容器、Perugia製、前2世紀後半。上段中央に梯子を登るKapaneus。頭上に楯を掲げる。下段中央にOidipous(左)とIokaste?)が立ち、左右にPolyneikesEteoklesが倒れる。

15  ガラス彫石。Italia製、前21世紀。梯子を登るKapaneus。剣、突き槍、投げ槍、楯。

16  指輪の彫石、帝政期。塔に掛けた梯子を登るKapaneus

17* =Amphiaraos 46* =Iokaste 11*  Romaの石棺、現ドリア・パンフィリDoria Pamphili、紀元2世紀末。中央やや左、梯子を登るKapaneus。兜を被り、右手に剣、左手に楯。

18-21  梯子を登るカパネウス。腕に死体を掛けている(エトルリアだけの表現)

18* =Amphiaraos 44*  Etruriaの遺灰容器、Chiusi製、前2世紀後半。梯子を登るKapaneus。左手に楯。左腕に、頭を下にした死体を掛けている。下で兵士が梯子を支えている。右にいる女ダイモーンDaimon、左にいる松明を持ったDaimonKapaneusを呪っていると解される。

19*  Etruriaの遺灰容器、Chiusi製、前2世紀後半。梯子を登るKapaneus。兜、左手に楯。左腕に死体を掛けている。下で梯子を支える兵士、右の女ダイモーン、左のダイモーン、すべて18と同じ。

20  Etruriaの遺灰容器、Chiusi製、前2世紀後半。19に似る。

21*  terracottaの破風彫刻。Firenzeの北、タラモーネ出土、前2世紀第2四半期。図の左端、破風の中央にtorsoの一部だけが復元されている人物がKapaneus。梯子の一部、楯と死体、などの断片が出土しており、図柄は18-20に似ていたと推定される。

22-23  梯子を登るカパネウス。梯子の反対側に、真っ逆さまに落ちる人物(エトルリアだけの表現)

22*  Etruriaの遺灰容器、Perugia出土、前2世紀。右方、塔に立て掛けた梯子の最初の段に足を掛けたKapaneus。兜を被り、右手に剣、左手に楯。梯子の反対側に、頭を下に真っ逆さまに落ちる兵士。着衣はKapaneusと同じだが、武具は持たない。また、梯子からではなく塔ないし城壁から落ちているように見える。

23  Etruriaの遺灰容器、Perugia出土、前2世紀後半/前1世紀初め。22に似るが、簡略。Kapaneusは兜、キトーンχιτών、鎧を着けている。右端の落ちる兵士も鎧と楯を持つ。

 

24  スカラベscarabée。石を投げる兵士。Kapaneusかどうか不明瞭。


カパネウスの死

25  文献資料。セルウィウスServius「アエネーイスAeneis註解」1.44。アルデアArdea(イタリア中部)のディオスクーロイDioskouroi神殿の絵画。

26  指輪の彫石。帝政期。梯子の上で雷に打たれたKapaneus。右上腕に雷がある。cf. 12

27-29  雷に打たれて梯子から落ちるカパネウス

27* =Amphiaraos 39* トルコ、Gjölbaschi-Tyasaのヘーローオンἡρῷονの外壁の浮彫。梯子から落ちるKapaneus。鎧、兜、楯。左手に持つ楯は殆ど地面に触れている。梯子も崩れかかっている。

28*  Etruriaの遺灰容器、Volterra製、前1世紀前半。城門に掛けた梯子から垂直に真っ逆さまに落ちるKapaneus。兜を着け、右手に剣、左手に楯を持っているが、それ以外は裸。

29*  ガラス彫石、Etruriaの影響を受けたItalia製、前2/前1世紀。梯子から頭を上にして落ちるKapaneus。首の所に雷がある。兜と楯以外は裸。

30-31  雷を投げるゼウス、打たれるカパネウス

30*  Etruria、ピュルギPyrgiの神殿前面のterracotta浮彫。前470年頃。中央のZeusは右手に雷を持つ(右前腕は失われたが、雷を持っていたことは確実)。右に立つKapaneusは大きく開けた口によってそのヒュブリスὕβριςを表す。左手に楯を持ち、失われた右手には短刀マカイラμάχαιραを補塡できるかも知れない。兜の頂部に残る穴は、雷の一部とも考えられ、すでに雷に打たれた可能性がある。中央下部ではテューデウスTydeusがメラニッポスMelanipposの脳味噌を喰らい、左端のアテーナーAthenaが気を悪くしている。

31* メッサーピアーMessapia(イタリア南東部)黒像式、前5世紀中頃。左端に雷を投げるポーズのZeus。城門の扉を挟んで右に、後ろ向きに描かれたKapaneusが走って逃げる。Zeusの方に向けて側面観で描かれた楯に雷が刺さっている。両脚の間にKapaneusΚΑ[Π]ΑΝ..)と書かれている。右にいる二人の戦士が片腕を突き上げているのは驚きのポーズか。

32-34  膝を突いて倒れるカパネウス(銘あり)(エトルリア)

32*  Etruriascarabée、前5世紀第1三半期。KapaneusCapne)は左手に持った楯を地面に突き、右手に持っていた槍は折れて地面に落ちている。

33  Etruriascarabée、ヴルチVulci出土、前5世紀前半。KapaneusCapne)。

34*  Etruriascarabée、前5世紀後半。KapaneusCapne)。楯、折れた槍。

35-47  膝を突いて倒れるカパネウス(銘はないが雷でカパネウスに同定できる)(エトルリア、ないしエトルリアの影響を受けたイタリア製)

35a  Etruriascarabée、前5世紀第2四半期。Kapaneusの首に雷が刺さっている。楯。槍はない。

35b*  Etruriascarabée、前5世紀第3四半期。Kapaneusの首に雷が刺さっている。楯。槍はない。

36*  Etruria、ブロンズ製壺の把手の取付部、前5世紀後半。Kapaneusのポーズは31*, 35*に近いが、楯も槍もない。左手に剣を持つ。Zeusの雷は背中の後ろに、先が矢になったジグザグの線で表されている。

37a*  Etruriascarabée、前5世紀第2四半期。片膝を突く。うなじに雷が刺さっている。左手に持った剣を落とす。

37b  Etruriascarabée、前5世紀第2四半期。同上。

37c  Etruriaの影響を受けたItaliascarabée、前3世紀。同上。

37d  Etruriascarabée、前4世紀。ほぼ同上。

38*  Etruriascarabée、前5世紀前半。雷は、兜を被らない後頭部に刺さっている。

39*  Etruriaの金の板、前400年頃。雷は首に刺さっている。右手には短剣を持つ。

40  Etruriascarabée、塊様式、前3世紀。雷は、兜を被らない後頭部に刺さっている。

41*  Etruriascarabée、前5世紀前半。雷は、兜を被らない後頭部に刺さっている。楯の内面の帯状装飾が見える。右手からマカイラμάχαιραが落ちる。

42a*  Etruriascarabée、前5世紀後半。走りながら倒れるタイプ。雷は首に刺さっている。まだ楯は持っているが、兜と剣は地面に落ちる。

42b  Etruriascarabée、塊様式、前4世紀後半/前3世紀。走りながら倒れるタイプ。雷は光の玉の形で、地面に落ちている。

43  Etruriascarabée、前5世紀後半。走りながら倒れるタイプ。雷は項に刺さっている。

44  Etruriascarabée、前5世紀中頃。走りながら倒れるタイプ。雷は後頭部に刺さっている。

45  Etruriascarabée、タルクィニアTarquinia出土、前5世紀後半/前4世紀。走りながら倒れるタイプ。雷は首に刺さっている。

46*  Etruriascarabée、塊様式、前4世紀後半。走りながら倒れるタイプ。矢のような雷が項に刺さっている。

47  Etruriascarabée、前4世紀。走りながら倒れるタイプ。ポーズは42*に近い。雷は両脚の間にある。

 

48*  Etruriascarabée、前5世紀第4四半期。左手に楯、右手に城門の扉を摑む。雷は後頭部に刺さる。

49-50  梯子と雷

49*  Italia製、指輪の彫石、前2世紀/前1世紀。左手に楯を持ち、右手を前に差し出しながら倒れる。胸の前に雷。前方には塔が立ち、地面にはバラバラになった梯子が散らばっている。

50  Italia製、ガラス彫石、前1世紀か。左方に梯子、項に雷。

51-54  梯子

51*  Etruriascarabée、前3世紀。左手に楯、右手に剣。背後に折れた梯子。

52  Etruria、指輪の彫石、前3/前2世紀。地面と右方に折れた梯子。

53  Italia、指輪の彫石、前1世紀。Kapaneusの周りにバラバラになった梯子が散らばる。

54  Italia、指輪の彫石、前1世紀。梯子の断片が一つだけ右脚の所にある。

55-62  これまで見た例と同様のポーズをしているのでおそらくKapaneus。但し梯子も雷もない。


カパネウスの死体

63  文献資料。フィロストラトスPhilostratosEikonesII.29, Antigone

64  文献資料。PhilostratosEikonesII.30, Euadne


除外(カパネウスではない)

65  大理石浮彫、ペイライエウスPeiraieus出土。通称「カパネウス・アルバーニCapaneus Albani」。

66  文献資料。プリーニウスPlinius『博物誌Naturalis Historia35.59。ローマRoma、ポンペーイウスのポルティクスPorticus PompeiiにあったポリュグノートスPolygnotosの絵。