8-X-2022


I.6  Ἔρωτες  エロースたち


【主題】


 幼児の姿のエロースたちが大ぜい、林檎の果樹園で戯れている。


【本文】


 (1) ほらエロースたち(Ἔρωτες)が林檎(μῆλα)を摘んでいる*(1.1) 。大勢いても驚いてはいけない。エロースはニュンフェーたち(Νύμφαι)の子供なのだし*(1.2)、死すべき人間たちすべてを左右するが、人間の愛の対象はたくさんあるし、天上では神々の事柄も支配するからだ。庭園(κῆπος)の至るところに芳香が満ちているのにきみはまだ気付いていないだろうか。ではよく聞きなさい、言葉(λόγος)が林檎の香りを運んでくるだろう*(1.3)

 (2) これら果樹の列はまっすぐ伸びており、その間を自由に歩くことができる。柔らかい草(πόα)が小径を覆っていて、寝台/クリーネーの布団であるかのように身を横たえる(κατακλίνω)こともできよう。枝々の先(ἄκρον)には*(2.1) 金色(χρύσεος)や黄赤色(πυρρός)、或いは太陽に似た色の(ἡλιώδης*(2.2) 林檎が生っていて、エロースたちの群みなにそれを摘むように誘っている。箙(φαρέτρα)には金が鏤められ*(2.3)、その中の飛び道具(βέλος)は金製だ。エロースの群はみな箙を林檎の樹(μηλέα)に懸けて武器を持たず(γυμνός)、身軽に飛んでいる。色とりどりの(ποικίλος)外衣(ἐφεστρίς)が草の上に置かれていて、無数の花々(ἄνθος)になっている。エロースたちには髪だけで十分なので、頭には花冠も着けて(στεφανόω)いない。翼(πτερόν)には暗青色/ラピスラズリ色(κυάνεος)、緋色/フェニキア色(φοινίκεος)、金色のものもあって、殆ど音楽的な音調を響かせて空気を打っている。とりわけ林檎を入れる籠(τάλαρος)が素晴らしく、その周りにはたくさんの紅縞瑪瑙/サルドニクス(ἡ σαρδώ)やたくさんの翠玉/エメラルド(ἡ σμάραγδος)、さらには本物の真珠(μάργηλις = μάργαρον*(2.4) が散り嵌められ、その組合せはヘーファイストスの手になるものと思う(νοείσθω, νοέω)。だが樹に立てかける梯子(κλῖμαξ)をヘーファイストスから借りるには及ばない。エロースたちは林檎まで自分で高く飛ぶのだから。

 (3) そして踊ったり(χορεύω, χορός)走り回ったり(διαδέω)、眠っていたり(καθεύδω)、或いはうれしそうに林檎にかぶりついたり(ἐσθίωἐμφαγόντες)しているエロースたちについて述べるよりも、こちらにいるエロースたちが一体どういうことを意味している(νοέω)のか、見てみよう。見なさい、とりわけ美しいエロースたちが四人(τέτταρες)、他の人たちから離れたところにいて(ὑπεξέρχομαι)、そのうちの二人(δύο)は一つの林檎を互いに投げ合っている(ἀντιπέμπω)。他の二人は一人が相手に矢を射(τοξεύω)、もう一人が射返しているが(ἀντιτοξεύω)、どちらにも脅しの表情は見られず、それどころかそこを矢で貫いて貰うために互いに胸(στέρνον)を差し出している。魅力的な謎だ(αἴνιγμα)。私が画家(ζωγράφος)を理解できているかどうか、見て欲しい。一方は愛/フィリアー(φιλίᾱ)、もう一方はお互いに対する憧れ/ヒーメロス(ἵμερος)なのだ。林檎で戯れているエロースたちはのぞみ/ポトス(πόθος)を始めている(ἄρχω)、なので片方が林檎にキスをして(φιλέω)投げると、もう片方は両手のひらを上にしてこれを受け止め、受け止められれば勿論これにお返しのキスをして(ἀντιφιλέω)投げ返すのだ。弓を射ている一組はすでにある愛/エロース(έρως)をより強固にしている。つまり私の考えでは、林檎による戯れは愛すること(ἐράω)を始めるため*(3) 、矢を射るのは望むこと/ポトスをやめない(μὴ λήγω)ためなのだ

 (4) 大勢の見物人(θεᾱτής)に囲まれたあちらのエロースたちは、互いに激して一種の格闘技*(4)τις πάλη)を戦っている。君がせがむので、この格闘技についても説明しよう。一人が相手の背中(νῶτον)に向かって飛んできて捕らえ、首を絞めて窒息させようとし、さらに両脚(σκέλος)で挟んで押さえつける。こちらも諦めないで真っ直ぐ立ち上がり、首を絞めている手(χείρ)をほどこうと、指(δάκτυλος)の一本をねじ曲げて残りの指がきつく締め付けられないようにする。指を曲げられた方は痛がって、相手(παλαιστής)の耳(οὖς)に嚙みつく(κατεσθίω)。そこで見物していたエロースたちはこの不正と規則違反に憤慨し、この嚙みついた者に林檎を投げつけて石打ちの刑に処する(καταλιθόω 

 (5) あの野兎(λαγώς)も私たちの目を逃れることはできない。エロースたちと一緒に狩をしよう(συνθηράω)。野兎(θηρίον)は樹の下で待ち伏せをして落ちてくる林檎(μῆλον)を食べていて、食べかけの林檎がたくさん残っている。エロースたちはこれを追い立てて(διαθηρεύω)騒いでいる。或るものは手を打ち鳴らし(κρότος, κρόταλον)、或いは大声で叫んで、或いはクラミュス/短衣(χλαμύς)を振り回して。何人かは高く飛びながら兎に向かって叫び、何人かは足跡をつけて徒歩で後を追っている。一人は身を挺して突進するが、動物は急に方向を変える。一人は野兎の脚(σκέλος)を摑もうとするが、捕らえたと思った瞬間に取り逃がす。みな笑いながら(γελάω)、一人は横ざまに、一人はうつ伏せに、一人は仰向けに倒れ、皆しくじった時の格好(σχῆμα)そのものだ。弓を射る(τοξεύω)者は一人もなく、生きたまま(ζῶ, ζήω)捕らえてアフロディーテー(Ἀφροδίτη)への素敵な生け贄(ἱερεῖον)にしようと努めているのだ*(5)

 (6) 野兎について言われていることを君も或る程度知っているだろうが、野兎はアフロディーテーと大いに関係がある。言われるところでは、牝(θῆλυς)は生まれた仔に授乳している間にもまた仔を産んで、両方一緒に乳(γάλα)を飲ませる。さらにまた孕んで(ἐπικυΐσκομαι)、出産していない時(χρόνος)がない。牡(ἄρρην)の自然(φύσις)に従って牡は種を蒔き(σπείρω, σπέρμα, σπαρτός)、生まれた仔の傍らにまた仔を作る*(6.1)異常な(ἄτοπος)念者たち/エラステース(ἐραστής)たちは*(6.2) 、野兎には或る種の愛の説得力(πειθώ τινα ἐρωτική)があることを観察し、この不自然な手段(βίαιος τέχνη)を使って(贈り物として)*(6.3)、愛する少年を狩り求める(θηράω)。

 (7) まあこうしたことは間違った、愛を返す(ἀντεράω)に値しない人たちに任せておこう。で、君はアフロディーテーを見なさい。どこに、どの樹の下にアフロディーテーはいるのだろうか。ご覧、岩(πέτρα)が突き出た下に洞窟があって*(7) 、そこから深い暗青色の/ラピスラズリ色の(κυανώτατος, κυάνεος)、新鮮で飲むと快い水が流れ出し、溝を伝って林檎の木立を潤している。そこにアフロディーテーの聖所を設けたのはニュンフェーたちだと思う。ニュンフェーたちをエロースたちの母(μήτηρ)とし、多くの子どもたちを齎したのだから。銀の(ἄργυρος)鏡(κάτοπτρον)、金の小さなサンダル(σανδάλιον, σάνδαλον)、それから金の(χρύσεος)留め金(περόνη)がいくつかそこに懸かっているが、それらにはみな意味がある。アフロディーテーのものであることは文字で書き込まれてもいるが、それと、ニュンフェーたちの捧げ物(δῶρον)であることを告げているのだ。そしてエロースたちは林檎の初穂を捧げ、自分たちの庭園(κῆροςがずっと美しくあるようにと、聖所を取り囲んで祈っている


【註】


*(1.1) 林檎を摘んでいる──林檎園・果樹園の情景は、ロンゴス『ダフニスとクロエー』(紀元2世紀後半〜3世紀前半)の、第3巻末尾から第4巻の初めにかけての記述を想起させる。フィロストラトスは紀元3世紀前半で、ほぼ同時代である。『ダフニスとクロエー』4.3.2の奉納絵馬に描かれた画題は『エイコネス』と共通しており、選択に同時代性が認められる。セメレー(I.14)、アリアドネー(I.15)、ペンテウス(I.18)、テュッレーニアー人たち(I.19)。

 

《・・・【3.32.3】ドリュアース【捨て子だったクロエーの養父。羊飼い】【同じく捨て子ダフニスの養父ラモーンと話したあと】自分の家の麦打ち場へ着くまで独りでこんなことを思いめぐらし、夢のようなことを考えながら歩いていた。家に着くと、首尾はいかにと首を長くして待っていたダフニス(Δάφνιςを見るなり、婿よと呼びかけて元気づけ、秋には二人の婚礼(γάμος)を祝って披露宴を開いてやると約束し、右手を出して、クロエー(Χλόη)はダフニス以外の誰にもやらぬと宣誓した。

 【3.33.1】聞くなりダフニスは、飲み物も食べ物もそのままに、胸の思いも及ばぬほどの速さで、クロエーの所へ駆けつけた。【「胸の思いνόημα・・・」は『オデュッセイアー』の引用(Od. 7.36)。《この人たち(パイエーケス人)の乗る船は、鳥の翼か、または胸の思いのように速いのです。》】 乳を搾りチーズを作っているクロエーの姿を見ると、結婚のうれしい報せを聞かせ、これからはもう自分の女房だというので、人目をはばかることなく接吻し、二人して一緒に仕事もした。【3.33.2】乳を桶に搾り、チーズを固まらせて編み籠に入れる。それから仔羊を母羊に、仔山羊を母山羊にあてがって乳を飲ませる。仕事をちゃんとし終えると、身体を洗い、よく食べよく飲んでから熟れ盛りの果実を探して歩き回った。

 【3.33.3】もの皆を齎す季節のことであるから、何もかも溢れるほどの豊かさで、二種の梨(ὄγχνη)、それに林檎(μῆλον)がいくらでも生っている。すでに地上に落ちているものもあれば、まだ樹の上に残っているものもある。落ちた実の方は香りは強いが、艶は枝にあるものの方がよく、一方は葡萄酒のような芳香を放ち、他方は黄金のように照り輝いている。【3.33.4】すでに摘み取りの終わった林檎の樹があって、実も葉も残っていない。枝はみな裸になっていたが、ただ実が一つだけ梢の先、それも一番高いところで熟れている。大きく美しい実で、その色のつややかさは他の実をいくら集めてもとてもこの実一つに及ばぬほどであった。摘みに来た男がそこまで登るのを怖がったのか、或いは取り忘れたのでもあろうか。或いはこの美しい実は、恋する牧童のために残しておかれたのかも知れなかった。【何世紀もの間愛唱されたサッフォーの詩の引用。(2.1)の註を参照。】

 【3.34.1】この実を見るとダフニスは、勢い込んで木に登ってそれを採ろうとし、止めようとするクロエーの言葉にも耳を藉さなかった。クロエーは自分のいうことを聞かぬダフニスに腹を立て、家畜のいるところへ行ってしまったが、ダフニスは急いで木に登り、やっと実をもぎ取って、クロエーにやろうと持って降りると、ぷんとしているクロエーにこう言った。

 「ねえクロエー、この林檎の実は美しいホーラー(ὥρᾱ 季節)たちが生んで下さり、それを美しい樹が育て、ヘーリオス(ἥλιος 太陽)が熟れさせ、テュケー(τύχη 運、幸運)がじっと見守って下さったお蔭で今まで無事に残っていたのだ。【3.34.2】ぼくには目があってそれが見えるものだから、あの実をそのままにしておいて、やがて地面に落ち、牧場にいる家畜たちに踏みつぶされるか、這い回る獣か虫に毒を刺されるか、それともずっと木の上に残って人に眺められ、美しいと褒められているうちに時が過ぎて腐ってしまうか、そういう目に遭わせる気になれなかったんだよ。林檎はアフロディーテー様が美しさの褒美としてお貰いになったものだけど、これはぼくからきみに優勝のしるしとして上げよう。【3.34.3】女神もきみも、その美しさを判定した人間は似ている。パリスは羊飼い(ποιμήν)、ぼくは山羊飼いだからね。」

 こう言って林檎をクロエーの懐に入れてやると、クロエーはそばへ来たダフニスに接吻し、ダフニスにしてもあれほど高いところまで登った冒険を後悔せずに済んだ。黄金の林檎よりももっと貴重な接吻を貰ったのだから。

 

 【4.1.1】ラモーンと同じ主人に仕える朋輩/ほうばいの召使いが、ミュティレーネーからやって来て、主人がメーテュムナ軍の攻撃で所有地に被害がなかったかどうか視察するために、葡萄の収穫期の少し前に、この土地に来るという報せがあった。【ミュティレーネーはレスボス島(現ミティリーニ島)東部の主邑。ダフニスたちはその郊外に住んでいる。メーテュムナは同島北部の港町。】 【4.1.2】すでに夏は過ぎ秋の気配が忍び寄る季節であったが、ラモーンはせいぜい主人の目を楽しませようと、滞在を待ち受ける準備にかかった。【4.1.3】泉はどれも綺麗に掃除して清らかな水が流れるようにした。また、内庭に積み上げた【堆肥用の】汚物を運び出し、悪臭に悩まされることのないようにもした。また、なるべく美しく見えるようにと、庭園(παράδεισος)の手入れにも精を出したのである。

 【4.2.1】庭園は王宮の庭風に作られ、壮麗を極めていた。奥行きは1スタディオン(στάδιον 180m)に亙って延び、高台にあり、横幅は4プレトロン(πλέθλον = 30m x4=120m)ある。【4.2.2】宛/さながら広大な平原と言ってもよいほどの構えである。庭にはあらゆる種類の樹木(δένδρον)が植えてある──林檎(μηλέα)、天人花(μυρρίνη)、梨(ὄγχνη)、ザクロ(ῥόα)、イチジク(συκῆ, συκέα)、オリーヴ(ἐλάᾰ)などの果樹、また一方には丈高く育てた葡萄の木(ἄμπελος)が、すでに熟れかかった房を垂らしながら、林檎や梨の木に絡まり、宛ら実の美しさを競っているように見える。

 【4.2.3】これらの栽培された樹々の他に、糸杉(κυπάριττος)、月桂樹(δάφνη)、プラタナス(πλάτανος)に松(πίτυς)もある。これらの木にはみな、葡萄の代わりに木蔦(κιττός)が絡んでいる。木蔦の実の房は大きく黒ずんで、葡萄の房そっくりに見える。【4.2.4】実の生る木は大切に保護するかのように庭の内側に植えてあり、その外側に実を付けぬ樹が、人手をかけた柵のように並んでいる。しかしさらにその上、低い石垣が庭園全体を囲っている。【4.2.5】庭の中のものは、どれも綺麗に仕切って配置されており、庭木も根元は離れているが、上の方では枝が絡み合い、枝葉が交錯している。これは樹の天性のしからしめるものであるのに、それがあたかも人工の妙であるかのように見える。

 【4.2.6】また、種々/くさぐさの花の咲く花壇もある。自然に生じたものもあり、栽培したものもある。薔薇(ῥόδον)やヒヤシンス(ὑάκινθος)や百合(κρίνον)は人が手をかけたもの。スミレ(ἴον)、水仙(νάρκισσος)、ルリハコベ(ἀναγαλλίς)は大地から自生したものである。夏は木陰、春は花、秋は果実と、四季を通じて愉楽に満ちた庭園であった。

 【4.3.1】ここからは草原がよく見え、家畜を飼う牧人たちの姿も見える。海の眺望もよく、船の行き過ぎるのも見える。だからこれもまた、この庭園の贅沢な楽しみの一部になっていた。

 この庭園の、奥行きも幅もちょうど真ん中に当たるところに、ディオニューソスの社(νεώς, ναός)と祭壇(βωμός)が設けられていた。祭壇には木蔦が絡み、社殿には葡萄がまといついている。【4.3.2】社の中にはディオニューソスにまつわる物語を描いた絵(γραφή)がいくつも掛かっている。ディオニューソスを出産するセメレー、眠っているアリアドネー、縛られたリュクールゴス、八つ裂きにされるペンテウスなどがそうである。また征服されたインド人たち、【イルカに】姿を変えられたテュレーノス人たちを描いた絵もある。葡萄踏みをしているサテュロスたち、歌い舞うバッケーたち(Βάκχαι)の姿は至るところに見られるし、パーンも勿論描き忘れてはいない。葡萄を踏むサテュロスたちと、歌い舞うバッケーたちと、そのどちらにも共通に拍子をとってやるかのように、岩に坐ってシューリンクス(σῦριγξ)を吹くパーンの姿もそこにはあった。・・・

 

 『ダフニスとクロエー』という物語自体、上にあるような奉納絵画から着想されたという設定になっている。

 《【序 προοίμιον】レスボスの島で狩りをしていた私は、ニュンフェー(Νύμφη)たちの森でこれまで目にしたこともない、世にも美しいものを見た。それは一枚の絵(εἶδος)に描いた、或る恋の物語であった。

 樹木が茂り、花も咲き乱れ、一つの泉の吹 き出す水が樹と花を育てながら、森中を潤しているこのニュンフェーたちの森も、確かに美しかったが、見事な筆遣いで、或る恋の顚末を描いたその絵(γραφή)はさらに目を楽しませるもので、他国からもその噂を聞いてニュンフェーへの願掛けや、絵(εἰκών)の見物のために、この森を訪れるものがひきも切らなかった。【2】その絵に描かれているのは、産褥に着いている女たち、次いで赤子に襁褓を当てている女たちの姿、捨て子にされた赤子、赤子に乳を与えている山羊や羊、その赤子を拾い上げる牧人たち、愛を誓い合う若い男女、海賊の来襲、敵軍の侵入など、いくつもの情景である。これらの他にも恋を描く様々な画面を一渡り眺めた。【3】そして感に堪えぬ想いに捕われていたのであるが、そのうち突然に、この絵にふさわしい物語を書いてみたいという気持ち(πόθος)が私の胸に湧き上がってきた。そこでこの絵の絵解きをしてくれる人(ἐξηγητής)を探し出して、四巻の物語を書き上げた。・・・》

(1.2) エロースはニュンフェーたちの子供──フィロストラトス独自の系譜づけ。一般にはアフロディーテーの子とされている。一覧参照。同じ考えはヒーメリオス(Himerios, Ekl.10.6)、クラウディアーヌス(Claudianus, De nuptiis Honorii Epithalamium, 10.72f.)にも記されている。

 エロースの図像には顕著な変遷がある。前5世紀には青年の姿、前4世紀のプラークシテレースでは12歳くらいの少年、リューシッポスでは10歳くらいの少年、ルーキアーノスのエクフラシスによって今に伝わるアエティオーンの絵画「アレクサンドロス大王とロークサネーの結婚」ではついに幼児になった(Loukianos, Herodotos sive Aetion, 4-6。結婚は前327年で、絵はその直後)。前2世紀以降はこれらが併存する。アエティオーンの絵に現れる幼児エロースたち(putti)の様々なモチーフは、ヘレニズム期の造形およびそれを受け継いだポンペイ壁画に頻繁に描かれることになる。武具を運ぶ。若い女のヴェールを取る。男を引っ張って女のところに連れてくる、等々。フィロストラトスの「エロースたち」も幼児の姿である。

(1.3) ・・・きみはまだ気付いていないだろうか。ではよく聞きなさい──第二期ソフィストに属する語り手が、ナポリの或る別荘の絵画館で、別荘の主人の息子である10歳ほどの少年に絵解きをするという設定。絵は架空のものだが、その構図・表現・モチーフは主として前5−4世紀の大絵画におけるそれらと、主としてホメーロス、ピンダロスなどの文学におけるそれらを組合せている。

 

*(2.1) 枝々の先には── (1.1) でも引用された、サッフォーの有名な断片を踏まえているSappho, Lobel/Page PLF=Poetarum Lesbiorum Fragmenta, frg.105a)

《甘い林檎γλυκύμᾱλονが梢で赤く色づいているἐρεύθομαιので/一番高い枝の先で。林檎採りたちはそれを見落とした/いや見落としたのではない、届かなかったのだ。》 

《さながらに 紅/あけの林檎の、色づいて みづ枝に高く、/いと高い 梢に高く。摘む人の はて見おとしか、/いや見落とせばこそ、かひなとどかぬ/その紅/あかりんご。》

 呉茂一は祝婚歌と解している(『ギリシア・ローマ抒情詩選/花冠』岩波文庫)。あまりに美しいために婚期の遅れた女性を歌う。

 

(2.2) 太陽に似た色のἡλιώδης)──フィロストラトスが初出。

(2.3) 箙には金が鏤められ──このモチーフはアナクレオーンに先行例がある(Anakreon, 16.6)。

(2.4) 真珠μάργηλις)──フィロストラトスが初出。普通はμάργαρον

 

*(3) 林檎による戯れは愛することを始めるため──林檎を投げることから愛が始まるというモチーフは、アリストファネース「雲」(Aristophanes, Nephelai, 996-997:「かわいい踊り子(ὀρχηστρίς)の家に飛び込んで、そちらの方に見とれている間、娼婦(πορνίδιον, πόρνη)から林檎を投げられて自分の評判を落とすようなこともしない。」/『ギリシア喜劇全集1』橋本隆夫訳)、ウェルギリウス「牧歌」(Vergilius, ecl. 3.64)にも現れる。しかし最も知られているのは「アコンティオスとキューディッペー」(Ἀκόντιος καὶ Κῡδίππη)である。

 ケオース島の美少年アコンティオスは多くの男たちから言い寄られていたが、デーロス島の祭礼でアテーナイ貴族の娘キューディッペーに一目惚れし、林檎(またはマルメロの実)に「アルテミスにかけて、私はアコンティオスと結婚することを誓う」と刻んで彼女の方に転がした。これを拾った文盲の乳母に頼まれてキューディッペーがその文字を読んでしまったため、女神に対する誓約が成立したことになり、以来彼女は婚約者と結婚しようとする都度、病を得て死に瀕する。心配した父親がデルフォイの神託を伺って、三度の重病は彼女の誓約違反が原因と判明、かくてアコンティオスは計略によってキューディッペーと結婚することができた(松原國師『西洋古典学事典』「アコンティオス」の項)。この話を伝える現存最古の文献はカッリマコス(Kallimachos, Aitia, Frg.67-75: オクシュリュンコス出土のパピルス断片)。その他オウィディウス(Ovidius, Heroides, 20-21; Metamorphoses, 7.368-370; Tristia, 3-10; Ars Amatoria, 1.457-458)、アントーニーヌス・リーベラーリス(Antoninus Liberalis, Metamorphoses, 1)。

 

*(4) 格闘技── II.6「アッリキオーン」で記述された、オリュンピアーにおけるパンクラティオン競技と共通する場面。フィロストラトスはスポーツをテーマに『ギュムナスティコス』を著している。いくつかの場面が記述されているが、絵にどの場面が描かれていると想定されているのか、判断は難しい。

 

*(5) いくつもの場面が記述されているが、絵にどれだけの場面が描かれていると想定されているのか、判断は難しい。目の前にある絵の解説という設定から遊離した、イメージの奔流と評するべきかも知れない。こうしたまるで動画に対するような記述の仕方、いわゆる「連続様式」(Schönberger 1968)は『エイコネス』の随所に認められる。

 

*(6.1) 兎の多産性──ヘーロドトス「歴史」(Herodotos, 3.108.2):「性臆病で他の餌食とされるような生物は、食い尽くされて絶滅するのを防ぐためにすべて多産に創り、獰猛で害毒を及ぼすようなものは、その繁殖力を弱められたのであろうか。まず兎(λαγός)は獣、鳥、人間を問わずどんなものからも追われ捕らえられるというので多産なのである(πολύγονος)。すでに妊娠中、重ねて仔を孕む(ἐπικυΐσκομαι)のは全獣類中兎のみで、体内の仔はすでに毛の生えたものもあれば、毛のないものもあり、ようやく子宮内で形をなすものもあるという時に、また新たに孕むのである。」(松平千秋訳、岩波文庫)。

 アリストテレース「動物誌」(Aristoteles, Historia animamium, 6.33):「ウサギ(λαγώς)は、先に述べたように、後ろ向きに接して交尾するが(「後ろへ放尿する動物」であるから)、一年中いつでも交尾して出産するし、妊娠していて、さらに重複妊娠し(ἐπικυΐσκομαι)、毎月出産する。しかし、一度にまとめて生むのではなく、何日か間を置いて生むのである。牝は出産前に乳が出るし、出産直後に交尾し、まだ哺乳中に妊娠する。乳の濃さはブタの乳に似ている。生まれた仔が盲目であることは、多裂足の(足指のある)動物の多くのものと同様である。」(島崎三郎訳、岩波文庫)。正確には、カイウサギ(κόνικλος, κύνικλος, λαγίδιον)は毎月生むが、ノウサギ(λαγώς)は妊娠期間30日で、3579月に生む。一般に古代人は両者を区別していないようである。

 ヘーロドトス「歴史」、アリストテレース「動物誌」などに依拠した博物誌的知識の披瀝は『テュアナのアポッローニオス』などにも見られるが、古代ギリシア小説にも適用されており、フィロストラトスの個性というよりも当時の第2期ソフィストたちに一般的な傾向と位置づけられる。

(6.2) 異常なエラステース──フィロストラトス「テュアナのアポッローニオス」(5.14.2)では、アイソーポス(イソップ)と比較して、詩人たちは「異常な念者/エラーステースたちや兄弟姉妹間の愛」などを語る、と非難する文脈で現れる。

(6.3) 不自然な手段──フィロストラトス「テュアナのアポッローニオス」(6.10.3)では、インド人の自然な生活に関し、「真実は奇跡や不自然な手段(魔法、魔術)は必要としない」という。

 

*(7) 洞窟・・・──このあたりの記述も『ダフニスとクロエー』を想起させる。第一巻冒頭に近いあたり(1.4)。

《【1.1】レスボスの島にあるミュティレーネーは、大きく、しかも美しい町である。海水を引いたいくつもの堀割で仕切られ、磨いた白大理石の橋が美観を添えている。行きずりに見た目には、町というより島といった趣きである。このミュティレーネーの町から200スタディオン(36km弱)ほど離れたところに、或る資産家の持ち物である荘園があったが、狩り場には恰好の山や、豊穣な小麦畑、葡萄畑の連なる丘の斜面や家畜を飼う牧場もあって、この上なく結構な所有地であった。柔らかな砂の渚が長く伸びて、海の波がひたひたと寄せてくる。

 【1.2.1】さてこの荘園の中で家畜の世話をしていたラモーンという山羊飼いが、自分の飼っていた山羊の一頭が育てている一人の幼子を見つけたのである。荘園の一角に、ナラの木立と茨の茂みがあり、その上を一面に木蔦が匍いめぐり、柔らかい青草が地面を覆っている場所がある。その草の上に赤子が寝ていたのである。例の牝山羊はこの場所へ足繁く通っては姿を消すことがたびたびあり、自分の仔山羊はほっておいてこの赤子の傍らを離れようとしなかった。【1.2.2】ラモーンはほっておかれた仔山羊を憐れに思い、親山羊の行き来に気を配っていたが、ちょうど日盛りの頃、足跡を辿って行って見ると、例の牝山羊は、蹄で踏みつけて赤子を傷つけることのないよう気遣いながら赤子の周りを歩き、子供はまるで母の乳房を吸うように、山羊の乳をごくごくと飲んでいるのが目に映った。当然のことながら驚いて近寄ってみると、柄も大きく目鼻立ちも整った男の子で、普通の捨て子には珍しいほど立派な産着にくるまっている。小さな上着は本物の紫染めで、留め針は黄金製、それに象牙の柄のついた短刀まで付けてあった。

 【1.3.1】山羊飼いははじめ、出生を示す証拠の品々だけを取って、赤子は放っておくつもりであったが、やがて山羊ですら示した情愛を見習うことができぬのでは恥ずかしいことじゃと思い直して、夜の来るのを待ち、証拠の品々と赤子、それに例の牝山羊もみな連れて、女房のミュルタレーのもとへ引き上げた。【1.3.2】山羊が人間の赤子を産むのですかと驚く女房に山羊飼いは、捨て子を見つけたいきさつ、山羊が子供を育てているのを見たこと、死ぬに任せて放っておこうとした自分を恥じたことなど、洗いざらい話して聞かせた。女房も同意したので、夫婦は捨て子に付けてあった品々を人目につかぬ所に納め、子供は自分たちの子であるとした上で、哺乳は例の牝山羊に任せることにした。また、子供の名は、牧童らしいものがよかろうというので、ダフニスと呼ぶことに決めた。

 【1.4.1】さて、それから二年がたった時のことであるが、先の荘園と地続きの田野で家畜を追っていたドリュアースという男が、同じようなものを見つけ、同じような光景に出会ったのである。この辺りに「ニュンフェーの洞」と呼ばれる岩穴があったが、外側は丸く、内側が空ろになっている巨大な岩石である。【1.4.2】ここに石を彫ったニュンフェーたちの像が安置してあるが、ニュンフェーたちは裸足で、両腕は肩の辺りまで露わにし、髪は頸まで垂れるに任せてある。腰には帯を締め、眉の辺りには微笑が浮かんでいる。その姿態はどこから見ても、群れ舞う歌舞の一隊という趣きである。【1.4.3】(洞の中に湧き出している)泉の噴き出す水が勢いよく洞の外へ流れ出て、その水に潤されて柔らかな草が青々と茂り、洞窟の前には滑らかな草原が延々と拡がっている。洞の中には乳搾りの桶とか、横笛、シューリンクス、葦笛などが置いてあるが、これらはむかし牧人たちが納めた奉納品である。

 【1.5.1】このニュンフェーの祠に、仔を産んだばかりの牝羊が一頭、しげしげと通ってきていたが、いつもはたぶん群からはぐれたのであろうくらいに思われていた。そこでドリュアースは、懲らしめて元通り規律を守るようにしつけ直してやろうと考え、青木の枝を罠のように撓めたのを持って、羊を捕らえようと岩に近寄った。【1.5.2】ところがその場に近づいて見たものは思いもかけぬ光景で、羊がまるで人間のように、溢れるほどに乳を吹き出す乳首を赤子にあてがい、赤子は泣きもせず、貪るように両の乳首に代わる代わる口を当てている──その口元は、飲み飽きた後、必ず羊が舌で顔全体を舐めて拭ってくれるので、汚れもなく艶々としている。【1.5.3】この赤子は女の子で、この子の場合も身元を示す証拠の品々が傍らに置いてあった。金糸で刺繍した髪を結ぶリボン、金箔を張った靴、黄金製の足輪などである。

 【1.6.1】見つけた品々は神様からの授かり物と考え、また幼子を憐れみ慈しむ心を羊に教えられた羊飼いは、赤子を腕に抱き上げると、証拠の品々は持っていた袋に納め、ニュンフェーの慈悲にすがって捨てられたこの子を、自分がつつがなく育て上げることができるように、とニュンフェーたちに祈願するのだった。【1.6.2】やがて羊の群れを連れ帰る時刻になると、小屋へ帰って女房に見てきたことを話し、見つけた品々も見せて、この子を自分の娘と思い、人に知られぬようにわが子として育ててくれと頼んだ。【1.6.3】女房はその名をナペーといったが、すぐに母親になった気になり、その可愛がりようは、宛ら羊に負けてはならじと思い詰めているかのごとく、娘の名もその女房が、もっともらしく牧人風にクロエーと名付けたのであった。・・・》


【図像】



アエティオーン「アレクサンドロスとロークサネーの結婚」。絵画。

 

 マケドニアーのアレクサンドロス大王は前327年の春にロークサネーと結婚した(Arrianos, 4.19.5-6; Omuta 2001, I, p.469)。それを記念して描かれたこのアエティオーンの代表作は前327-324年に比定される。原作は失われたが、その概要はルーキアーノス(紀元120-200年頃)(Λουκιᾱνός)の詳細な記述/エクフラシス(ἔκφρασις)によって伝わっている。Loukianos, Herodotos sive Aetion, 4-6; Overbeck 1868, Nr.1938; Reinach 19852, no 507; Pollitt 1990, 175-176; Maffei 1994, 112-115.

 

 《画家アエティオーンἈετίων)は「ロークサネーῬωξάνη)とアレクサンドロス(Ἀλέξανδρος)の結婚」を描き、その絵をオリュンピアーに持って行って公開した。その年のヘッラノディカイ(オリュンピア競技の審判官)Ἑλλανοδίκη)の一人プロクセニダース(Προξενίδᾱς)はその才能に魅せられ、同郷人でもないアエティオーンに自分の娘を与えた。その作品は今イタリア(Ἰτάλια)にあり、私はここに記述できるほどそれを見た。

 豪華な部屋に婚礼の床があり、そこにロークサネーが座っている。完璧に美しい乙女は慎ましく視線を落とし、その前にアレクサンドロスが立っている。その周りにはエロースたちἜρωτες)がいて微笑している。エロースの一人は花嫁の後ろに立って、その頭からヴェールを取って花嫁を花婿に見せる。別の一人はつましい奴隷の役で、床入りを促すかのように花嫁の足からサンダルを取る。もう一人はアレクサンドロスの外衣をつかんで、全身の力を込めて彼をロークサネーの方に引っ張っている。王は乙女に花冠(στέφανόν τινα)を見せる。王の友人ヘーファイスティオーンἩφανστίων)は花嫁を家から馬車で連れてきて(νυμφαγωγός)、点火した松明を握り、美しい青年に寄りかかっている。この青年は名が記されていないが婚礼の神ヒュメナイオスὙμέναιος)だろう。

 絵の別のところでは、エロースたちがアレクサンドロスの武具を弄んでいる。二人は一本の槍を槍持ちよろしく運んでいるが、その重みに耐えかねている。別の二人は楯を引きずっているが、別のエロースが一人、彼らの王であるかのようにその楯に凭れかかって、楯の把手をつかんでいる。床に仰向けに置かれた鎧の下にも一人隠れており、楯を運ぶエロースたちがそばを通る時に驚かそうと、待ち伏せしているようだ。

 これは単なる子供っぽい悪ふざけではなく、アエティオーンは無駄に時間を費やしてはいない。軍事に対するアレクサンドロスの情熱を示すと同時に、ロークサネーに対する愛も彼に武具のことを忘れさせないということを意味している。またアエティオーンはこの絵のお蔭でプロクセニダースの娘を得たのだから、この絵自体真に婚礼の絵となった。彼はアレクサンドロスの結婚の副産物として妻を連れて来たが、王自身が花嫁を家から馬車で連れて来る役を引き受け(νυμφαγωγός)、真の婚礼が画中の婚礼の報酬となったのである。》

 

 この絵に現れる幼児エロースたち(putti)の様々なモチーフは、ヘレニズム期の造形およびそれを受け継いだポンペイ壁画に頻繁に描かれることになる。武具を運ぶ。若い女のヴェールを取る。男を引っ張って女のところに連れてくる、等々(cf.Reinach 19852, p.378n4)。「幼児エロースのフリーズ」はローマ帝政期に至るまで繁栄する。

 他にヘレニズム時代に出現したテーマとしては次の四つが代表的である。「眠るエロース」(これについては[ロドスの眠るエロース]を参照)。「ヘーラクレースの扮装をしたエロース」。「アフロディーテーに叱られるエロース」。「エロースとプシューケー」。

 



 前2世紀中頃から、青年ないし少年の競技者の体格のエロースが復活する。その手本は前5-4世紀の巨匠たちの「エロース」であり、アテーナイを中心とするネオ・クラシックの動きと結びつけることができる(LIMC Eros, p.938)。以後ローマ帝政期まで青年・少年タイプと幼児タイプが平行して行なわれていく。



Tiziano, Omaggio a Venere, 1518-1519, Museo del Prado/ Wikipedia Commons