27/II/2021


I.29  Περσεύς  ペルセウス


【主題】


 標題は「ペルセウス」であるが、実質的には「アンドロメダー」、すなわち「ペルセウスによるアンドロメダーの解放」。

 前後の絵との間を繋ぐモチーフ。前章「I.28 狩人たち」とは狩獵=動物、獣。次章「I.30 ペロプス」とはペロプス=肩。

 アキッレウス・ターティオス『レウキッペーとクレイトフォーン』3.6-7における絵画「アンドロメダー」、本章「I.29 ペルセウス」、「III.12 ヘーシオネー」。この3つのエクフラシスの比較は一興と思う。後続者は先行者の記述を間違いなく読んでいる。


【本文】


 (1) そう見えるかも知れないが、この海はエリュトラー海*(1.1)Ἐρυθράインド洋)ではなく、描かれている人々もインド人(Ἰνδός)ではない。アイティオピアー人*(1.2)Αἰθίοψ=エティオピア人)であり、そしてこの男はアイティオピアーの地に来たギリシア人、彼が愛によって自ら進んで堪え忍んだ戦いを描いている。アイティオピアーを這い回り家畜の群や土地の人々を襲ったアトラース(Ἄτλᾱςのケートス*(1.3)κῆτος海獣)、それを斃したと言われるペルセウスΠερσεύςのことを、君は聞いたことがあると思う。

 

(2) この画家(ζωγράφος)はそれを称賛し、ケートスの生け贄にされたアンドロメダーἈνδρομέδᾱに同情した。すでに戦い(ἆθλος)は成し遂げられ、ケートスは海岸(ᾐών)にたたきつけられて、その流れ出る血*(2.1) で岸は溢れ、それで海が赤い(ἐρυθρός)のだ。アンドロメダーを縛め(δεσμός)から解放しているのはエロースἜρως*(2.2) で、例によって有翼(πτηνός)で描かれているが、若者(νεᾱνίας)なのは異例だ。息を切らし、疲労困憊から脱していないように描かれている(γράφω)。なぜならペルセウスは功業(ἔργον)の前にエロースに、自分に付いていてくれるように、怪物に向かって一緒に飛んで(συμπέτομαι)くれるようにと祈りを捧げ*(2.3)、エロースはやって来てこのギリシア人(Ἕλλην)の願いを聞き入れたからだ。

 

 (3) 乙女は快い(ἡ κόρη δὲ ἡδεῖα)。アイティオピアーにあって肌が白い*(3.1) し、姿も快い。優美なリューディアー娘*(3.2)威厳あるアテーナイ娘*(3.3)、健康なスパルター娘を凌駕している。状況によって(ἀπὸ τοῦ καιροῦ)さらに美しくなっている*(3.4)。まだ信じられないように見え、恐怖しつつも喜び、そしてペルセウスを見てすでに微笑(μειδίᾱμα)を送っている。ペルセウスは乙女から遠くないところで、芳香を放つ快い草の上に(ἐν ἡδείᾳ καὶ λιβανώδει πόᾳ)横になり*(3.5)、地面に汗を滴らせ、人々が石になったりしないようにゴルゴーンの首を脇に置いている*(3.6)大勢の牛飼い(βούκολος)が牛乳(γάλα)を差し出し*(3.7)、葡萄酒(οἶνος)を注ぐ。アイティオピアー人たちの肌は変な(ἄτοπος)色で、ぞっとしない(βλοσυρός)微笑を浮かべて明らかに喜んでおり、ほとんどが互いに同じように見える。

 

(4) ペルセウスは飲み物を喜んで受け取り、左肱(ἀριστερὸς ἀγκών)に凭れかかって息切れする胸を支えて乙女の方を見る。紅紫色のクラミュス(φοινῑκῆ .. χλαμύς*(4.1を風に委ねるが、これは戦いの間に怪物が吐きかけた血で濡れたままである。ペロピダイ(Πελοπίδαι=ペロプスの子孫)はペルセウスの肩(ὦμος)に挨拶(ῥώννῡμι)すべきだ*(4.2)(=ペルセウスの肩の方が美しい)。美しく、難行のために咲き誇るように血色がよく*(4.3)、息切れを克服しようとする時に生じるように、静脈が浮き出ている。彼は乙女から多くのものを得るだろう。


【註】


(1.1) エリュトラー海──エリュトラー海(赤い海=紅海)は現在の紅海だけでなく、アラビア海、インド洋までを含む海域を指す。そこから「インド人」への連想が生じる。

(1.2) アイティオピアー人──「アイティオピアー」は現在のエティオピアに限らず、ホメーロスではアフリカ北部全体を指していた。紀元1世紀の『エリュトラー海案内記』ではすでにほぼ現在のエティオピアに比定されているが、フィロストラトスは神話に出るこの語に紀元3世紀の知識を適用してはいないだろう(Od.1.22-25; Hdt.7.61.3; Peri.18; Paus.4.35.5)。

(1.3) アトラースのケートス──エウリーピデース「アンドロメダー」を受けている(frg.145)。

 

(2.1) 流れ出る血──この語はオウィディウス『変容物語集』と一致する(Ovid. Met. 4.728)。

(2.2) 縛めから解放しているのはエロース──エロースの積極的関与については「III.9 ペロプス」を参照。エロースは前5/前4世紀には青年の姿で表され、ヘレニズム期以降少年ないし幼児になった。前5/前4世紀の絵画作品がこの絵の(この部分の)元になった可能性もある。それにケートスとの戦いに幼児はふさわしくない。エロースの図像史についてはI.6 エロースたち」参照。

(2.3) 祈りを捧げ──エロースへの祈りはエウリーピデース「アンドロメダー」の有名な一場面であった(Eur. Andromedafrg.136参照。

 

(3.1) アイティオピアーにあって肌が白い──アンドロメダーの白い肌は最初期、前6世紀以来一貫して受け継がれたモチーフ。紀元4世紀のヘーリオドーロス「アイティオピアー物語」(Heliodoros, Aithiopiaka)ではそれが物語の発端になっており、その絵は解放場面を描いた⑧のタイプだったと推定される。

(3.2) 優美なリューディアー娘──リューディアーは小アジア中西部。

(3.3) 威厳あるアテーナイ娘──「威厳ある」の原語はフィロストラトスが初出。

(3.4) 状況によってさらに美しくなっている──「状況によってἀπὸ τοῦ καιροῦ」の使い方は「II.5 ロドグーネーῬοδογούνη」と共通(II.5.5)。ここでは解放された喜び。紀元1世紀のアキッレウス・タティオス「レウキッペーとクレイトフォーン」の「より美しくする恐怖」(εὔμορφος φόβος)とは違う。

(3.5) 快い芳香を放つ草の上に横になり──戦いの後で横たわるペルセウスの図像は現存遺品には見当たらない。解放場面を表した遺品で横たわる河神を書き加えるものがあり(e.g. Andromeda 75)、その形をペルセウスに応用したと考えられる。「芳香を放つ」の原語はフィロストラトスが初出。

(3.6) ゴルゴーンの首を脇に置いている──人目を避けるためにゴルゴーンの首を脇にやるモチーフは、紀元2世紀中頃の「スパダ・レリーフ」のタイプの図像()、さらには前3世紀に現れた「アンドロメダーにゴルゴネイオンを水に映して見せる」タイプの図像()に認められる。

(3.7) 大勢の牛飼いが牛乳を差し出し──牛飼いと牛乳のモチーフはエウリーピデース「アンドロメダー」に基づく(frg.146)。

 

(4.1) 紅紫色のクラミュス──前4世紀のニーキアースの原作「アンドロメダー」に基づくポンペイ壁画(④)でペルセウスはこれを着ている。「紅紫色」の原語は「フェニキアの」。

(4.2) ペロピダイはペルセウスの肩に挨拶すべきだ──ペルセウスの肩はペロプスの象牙の肩より美しい、の意。「ῥώννῡμι健康である」の命令形ἔρρωσο手紙の末尾の挨拶「お達者で=さようなら=敬具」になる。

(4.3) 咲き誇るように血色がよく──「咲き誇るように」の原語はフィロストラトスが初出。


【図像】