18/XII/2018


Ἀμφιάρᾱος アンフィアラーオス 1


【神話の要約】

 アンフィアラーオス(Ἀμφιάρᾱος、最も一般的)、アンフィアレーオス(Ἀμφιάρηος)、アンフィアレオース(Ἀμφιάρεως、フィロストラトスPhilostratosではこの形)。

 テーバイを攻撃した七将の一人。予言者。病を癒す神、神託を与える神として、特にアッティカとボイオーティアBoiotiaで崇拝された。

 

 オイクレースOiklesとヒュペルメーストラーHypermestraの子。アンフィアラーオスの子はアルクマイオーンAlkmaionとアンフィロコスAmphilochos、娘はデーモーナッサDemonassaとエウリュディケーEurydikeほか。予言者メランプースMelampousの家系。後代の資料では時としてアポッローンApollonの子とされることがある。

 テーバイ攻撃以前のアンフィアラーオスについては、互いに一部異なる僅かな事柄しか伝わっていない。アルゴナウタイArgonautaiの航海に参加した。メーデイアMedeiaに謀殺されたペリアースPeliasの葬礼競技に参加した。カリュドーンKalydonの猪狩りに参加した、など。

 アンフィアラーオスは、アルゴスからタラオスTalaosの子アドラストスAdrastosを追い出したが、後に和解し、アドラストスの娘の一人エリフューレーEriphyleと結婚する。その際、今後アドラストスとの間に争いが生じたときにはエリフューレーの判断に従うことを約束し、それが彼の宿命となる。すなわちアドラストスが、自分の娘の一人の夫となったポリュネイケースPolyneikesをテーバイ王に復位させるために、テーバイ攻撃の準備に取りかかったとき、アンフィアラーオスはその予知能力によって、戦争の不幸な結末と自身の死を予見しながらも、エリフューレーの裁定によって出征を余儀なくされる。(後代の別伝によれば、エリフューレーはアンフィアラーオスが身を隠した場所をばらしたともいう。)ポリュネイケースは、テーバイを離れたときに持ち去った「ハルモニアーHarmoniaの首飾り」を渡してエリフューレーを買収したのだった。出征にあたってアンフィアラーオスは息子のアルクマイオーンAlkmaionに対し、自分が死んだらエリフューレーに復讐するように命ずる(ハルモニアーの首飾りの呪い)。

 アルゴス軍はテーバイに向かう途中ネメアーNemeaで、オフェルテースOpheltesの乳母ヒュプシピュレーHypsipyleに会う。ヒュプシピュレーは戦士たちを、神(ゼウスZeusまたはディオニューソスDionysos)によって枯渇させられた土地でただ一つ清水の湧く泉に案内するが、その間にオフェルテースは蛇に襲われて死んでしまう。子の両親リュクールゴスLykourgosとエウリュディケーEurydikeは乳母を責め、殺そうとするが、アンフィアラーオスは彼女を擁護する。そして子の死をテーバイ攻撃の悪い予兆と解して、オフェルテースの名をアルケモロスArchemorosに改める(=悲運μόροςの始まり・発端ἀρχή)。他の将軍たちと共に、その栄誉のためにネメア競技祭を創設し、そこでアンフィアラーオス自身、戦車競争と円盤投げで優勝する。

 いくつかのヴァージョンによれば、アンフィアラーオスはテーバイの前で、メラニッポスMelanipposを殺す。アルゴス軍が壊滅的な敗北を喫した戦闘において、ポセイドーンの子ペリクリュメノスPeriklymenosの追走を受け、追いつかれそうになったときに、ゼウスの放った雷霆によって割れた地面に、馬車と馭者バトーンBatonもろとも吞み込まれる。その場所はテーバイ付近とも、ボイオーティアーBoiotiaのハルマ付近とも、オーローポスOropos付近ともされる。

 以後アンフィアラーオスは神託の神、治療の神となる。最も有名な神域は、アッティカとボイオーティアーの境にあるオーローポスにあり、音楽と体育の競技祭アンフィアライアAmphiaraiaが彼に奉納された。その他アテーナイ、ラムヌースRhamnous、ボイオーティアーのテーバイ付近、およびクノーピアーにも彼の神域があったことが伝えられている。


【図像資料におけるアンフィアラーオス】

 LIMC, s.v. Amphiaraos (I, 1981; Supplementum 2009: Ingrid Krauskopf) では次のように分類・配列されている。全体は大きく3つに区分される(I-II-III)。すべての遺品が収録されているわけではなく、重要なものの抜粋である。特に「アンフィアラーオスの出征」を表したアルカイック期の遺品は他にもたくさんある。


テーバイ攻撃と無関係な、それ以前の事績を表したもの

A1)カリュドーンKalydonの猪狩りに参加するアンフィアラーオス

1  文献。Pausanias, 8.45.7TegeaAthena Alea神殿の大理石製破風彫刻。前4世紀中頃、Skopas作。図像の記載なし。現存する断片中には同定できない。


B2-3)ペリアースPeliasの葬礼競技に参加するアンフィアラーオス

2*  陶器画断片、Attika黒像式。前570年頃。AthenaiAkropolis出土。Peliasのための葬礼競技。槍投げ。(左から)三脚と鍋(λέβης)、Iphitos

MelanionAmphiareosPhilombon(笛を吹く)、Kapa[neus]Peripha[s]

3* =7*  陶器画断片、後期Korinthos式。前570年頃。現在は失われた。Peliasのための葬礼競技。戦車競争。(左からEuphamosKastorAdmatos

AlastorAmphiareosHipasos。反対面は7*


II テーバイ攻撃

C4-6)テーバイ攻めの七将の一人としてのアンフィアラーオス

4  文献。Pausanias, 10.10.2。前5世紀中頃以後、Oinoeの闘いにおける勝利を記念して、Argos人がDelphoiの神域に立てた。Amphiaraos(戦車に乗る、または傍らに立つ)、Baton(馭者、戦車に乗っている)、Halitherses(傍らにいる)。

5  文献。Pausanias, 2.20.5。前5世紀中頃、ArgosAgoraに立てられた群像彫刻。PausaniasThebai攻めの七将のうちPolyneikesの名だけ記す。この群像のうちのTydeusが「Riaceの戦士A」、Amphiaraosが「Riaceの戦士B」という説があるが(Moreno 1998)、通説にはなっていない。

6  文献。Anthologia Palatina, 2.259-262(「ギリシア詞華集」)。Christodorosによる詩が、KonstantinopolisByzantion)のZeuxippos作の彫刻を扱っている。予言者たちの一人Amphiaraosは、月桂樹の冠を着けて立ち、七将の運命を予見して嘆息している。


D(確実な遺品はない: cf.69-70=存疑)アンフィアラーオスとアドラストスの間の諍い


E7-27)アンフィアラーオスの出征

E.17-18)戦車に乗ろうとする、または戦車に近づくアンフィアラーオス

7* =3*  陶器画、後期Korinthos式。前570年頃。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)建物の前にEriphyle [Eriphyla](右手に大きな首飾り、Himationを掲げる慎みの仕種Aidos-Geste)、Ainippa(肩に幼児Amphilochosを乗せている)、Damovanassa [Damovanasa]Eurydike [Eurydika]AlkmaionAmphiaraos

(武装して戦車に足を掛け、家族の方に首を向ける)、馭者Baton(手綱を執る)、4頭立ての馬車、Leontis(馬の向こう側)、HippotionHalimedes

(馬車に向かい、地面に座って嘆きのポーズ)。Amphiaraosの両脚の間に蠍サソリ、ヤモリ(蜥蜴トカゲ)、ハリネズミ、野兎。Halimedesの上方に蛇と猛禽。これらの動物たちは攻撃性を象徴する。反対面は3*

8*  陶器画断片、Attika黒像式。前6世紀第2四半期。AthenaiAkropolis出土。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)Eriphyle(首飾り、Himationを掲げる慎みの仕種Aidos-Geste)、AlkmaionAmphiaraosBaton4頭立ての馬車。Amphiaraosの脚の間にハリネズミ。

9*  陶器画、Attika黒像式。前6世紀第2四半期。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)乳母(Amphilochosを肩に乗せる)、EriphyleAlkmaion、少女、

Amphiaraos(武装し、馬車に乗り込もうとしながら、後ろを向いてAlkmaionの肩に手を置く)、4頭立て馬車、Baton(手綱を取る)、老人1人と女3人(馬車の奥)、老人(馬たちに向かい、地面に座って嘆きの仕種)、女5人(嘆きの仕種)。AmphiaraosBatonの間に蠍?

10*  陶器画断片、Attika黒像式。前6世紀第2四半期。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)Eriphyleὅ[ρμος=首飾り、を持つ)、老人(馬の前、岩または椅子に座る)、4頭立ての馬車、OiklesAmphiaraosの父。右方=Amphiaraosの方に向かって走り、左手を差し伸べる)、BatonAmphiaraos [Am](武装、馬車に乗り込む)。

11  陶器画、Attika黒像式。前6世紀第2四半期。

12  陶器画断片、Attika黒像式。前6世紀第3四半期。

13*  陶器画、Attika黒像式。前520年頃。戦場に向かうAmphiaraos。前景に戦車。(左から)Baton(馬車に乗り込む。右にanaba[ἀναβάτης?] =乗る、とある)、Amphiaraos(戦車の向こうに立つ)、EriphyleAlkmaion [..κμεονを抱く)、Eupolemos(武装して馬の前を右に歩く)。

14  ブロンズ板、打ち出し。断片。Olympia出土。前7世紀後半。

15  文献。Pausanias, 5.17.7-8。「Kypselosの箱」。浮彫、象牙。Pausaniasの時代にはOlympiaHera神殿のopisthodomos(神殿の後ろ側)にあった。

Pollitt 1990, 212-213, fig.9の復元図を参照(最下段、右から2つ目)。

16*  浮彫、象牙。断片。Ionia製か。Delphi出土。前570-550年頃。(左から)Eriphyle?、子供(母に抱かれ、父の方に両腕を伸ばす。Alkmaionまたは

Amphilochos)、Amphiaraos

17*  陶器画、Etruria製。前6世紀第3四半期。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)兵士2人(左に歩く)、老人(折りたたみ椅子に座る。嘆きのポーズ)、4頭立て戦車(3頭しか描かれていないが)、Baton(手綱を執る)、Amphiaraos(馬車に足を掛けながらも後ろを振り返り、剣を鞘から抜こうとする)、AlkmaionAmphiaraosに両手を差し伸べる)、EriphyleAmphiaraosに両手を差し伸べる)。

17a =add.1*  陶器画、Chalkidike製。前530年頃。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)4頭立て戦車、乳母Ainippe?(馬車の向こう)、若い女(馬車の向こう)、Baton(手綱を執る)、Amphiaraos(戦車に乗り込みつつ後ろを振り返る)、子供2人(AlkmaionAmphilochos)、娘、Eriphyle(首飾り、

Aidosの仕種)。

18*  陶器画、Etruria製。前450年頃。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)老人(折りたたみ椅子に座る)、4頭立て戦車、Baton(手綱を執る)、

Amphiaraos(馬車に足を掛けながらも後ろを振り返り、剣を鞘から抜こうとする)、子供1人(AlkmaionまたはAmphilochos。両腕を前に差し伸べる)、Eriphyle(両腕を前に差し伸べる)。


E.219-22)同場面で、それ以外の図像タイプを表した種々の遺品

19  陶器画、Attika黒像式。前6世紀第2四半期。

20  陶器画、Attika黒像式。前550-540年頃。

21*  陶器画、Attika黒像式。前510年頃。戦場に向かうAmphiaraos。(左から)Eriphyle(足許にもKaliphoraとある)、4頭立て戦車、Amphiaraos

Baton2人ともすでに戦車に乗っている。おそらく手前がAmphiaraos。傍らにAristosとあるが、これは現代の書き加え)。

22*=70  金属板、打ち出し。Etruria製。前6世紀第1三半期。「1戦場に向かうAmphiaraos」。Amphiaraos(左に向かうが、右を振り返りつつ剣を抜く)、AlkmaionEriphyle(二人とも両腕を差し伸べる)。「2誓いの捧げ物?」。三脚と鍋を挟んで男2人が向かい合う。「3 EteoklesPolyneikesの一騎打ち?」。「1」。「2」。


E.323-25)家族に別れを告げるアンフィアラーオス(戦車なし)

23*  陶器画、Attika黒像式。前6世紀第3四半期?。(左から)男(右向き)、Eriphyle(右向き、肩にAlkmaionを乗せ、右手で首飾りを差し出す)、

Amphiaraos [Amphiareos](左向き、武装)、男(左向き)、弓兵(左向き)。

24*  陶器画断片、Attika赤像式。前460年頃。(左から)兵士(左向き、兜)、子供(右向き、Alkmaion?)、Eriphyle(右向き)、Amphiaraos [Amphiara..](左向き、兜)、Baton(右向き、鎧。一段高い位置にいるのでおそらく戦車に乗っている)。

25*  陶器画断片、Attika赤像式。前440-430年頃。Athenai出土。(左から)Eriphyle [..phyle](右向き、葉冠を着けた頭頂部だけが残る)、Amphiaraos [A..iaraos](左向き、鎧、兜、槍。Eriphyleに手を差し伸べる)、乳母(左向き、子供を抱く=Alkmaion/Amphilochos)。


E.426)エリフューレーに復讐するようアルクマイオーンに命ずるアンフィアラーオス

26*  陶器画、Attika赤像式。前440年頃。(左から)Eriphyle?(右向き、Aidosの仕種)、Alkmaion(右向き、おずおずと剣を受け取る)、Amphiaraos

(左向き、Alkmaionに剣を渡す)、兵士(左向き)。


E.527)出征前に家族と共に過ごすアンフィアラーオス

27*  陶器画、Attika赤像式。前440-430年頃。(左から)Amphiaraos [Amphiare..](右向き、妻子の方を見る)、Eriphyle [..phyle](右向き、脚部が弧状に拡がった椅子κλισμόςに座り、Alkmaionを抱いて乳房を含ませる)、雄鶏2羽、Demonassa [Demo..](左向き、右手に紡錘つむ=糸巻き棒を持つ。娘または侍女)、κάλᾱθος=籠。


F28-31)将軍たちの会議

28*  Etruriaの鏡。前4世紀。(左から)Adrastos [Atrste](座る、右向き)、Tydeus [Tute](立つ、左向き)、Amphiaraos [Amphiare(座る、左向き)。

29*  彫石、scarabée。前5世紀第1四半期。(前列左から)Parthenopaios [Parthanapaes]Amphiaraos [Amphiare]Polyneikes [Phulnice]。(後列左から)

Tydeus [Tute]Adrastos [Atresthe]

30*  彫石、scarabée。前5世紀前半。(前列左から)Amphiaraos(座る)、Polyneikes?(座る)。(後列)男2人(立つ)。

31*  彫石、scarabée。前300年頃。塊様式stile a globolo。(左から)Amphiaraos(座る、右向き)、不明(立つ、右向き)、不明(座る、左向き)。構成が28に似るため、Amphiaraosだけは同定できる。


G=Archemoros 8-10)アルケモロスArchemorosが死ぬ場面に立ち会うアンフィアラーオス

省略


H32-33)アンフィアラーオスとリュクールゴスLykourgosの戦いを、アドラストスAdrastosとテューデウスTydeusが仲裁する

32  文献。Pausanias, 3.18.12 =Overbeck, Nr.25。「AmyklaiApollonの玉座」の浮彫。AmyklaiSpartaの南の町。Magnesia出身Bathykles作。AmphiaraosLykourgosの戦いを、AdrastosTydeusが仲裁する。Pollitt 1990, 23-26, fig.1を参照。

33*  金属板、打ち出し。楯の中央帯の装飾。Olympia出土。前6世紀第2四半期。(中央の3人、左から)Amphiaraos [..mph..ar..o..(頭上に記名)、Adrastos(両脚の間に記名)、Lykourgos [..korgos?] (頭上に記名)。ほかに左右に戦士二人ずつ。79も同じ場面かも知れない。


I34)エテオクレースとポリュネイケースの戦いを、アンフィアラーオスが見ている

34  壁画。Pompeii, VII.6.28出土。第III様式、紀元1世紀前半。Dawson 1944, no.28a(1) Thebai攻めに出発するEteoklesIokasteが引き留める。(2) EteoklesPolyneikesの戦い。(3) Amphiaraosが、Batonの乗った2頭立ての戦車の橫に立つ。


K35-36)断片

35  陶器画断片、Attika赤像式。前490-480年頃。

36*  陶器画断片、Apulia赤像式。2断片。前4世紀第3三半期。(断片1、右から)Amphiaraos(右向き、王笏)、他の人物の一部。(断片2)若い男2人。


L37-47)地中に沈むアンフィアラーオス(47は文献=『エイコネス』)

37*  陶器画、アッティカ白地・黒像式lekythos。前5世紀第2四半期。Eretria出土。(左から)Amphiaraos(右腕を高く上げる)、Baton(小さい)、4頭立て戦車(馬の脚が地中に沈んでいる)。馬たちの上に2羽の鳥。1羽は冠、1羽は蛇を摑んでいる。

38*  陶器画、アッティカ赤像式。前450年頃。Thebaiにおける戦闘場面。(最下段、左から)馬2頭の頭部(首まで地中に沈んでいる)、Amphiaraos

(奥、右向き。右腕を高く上げ、上方を見る)、Baton(手前の小さい方の人物)、馬2頭の頭部。戦車もろとも地中に吞まれる表現。4頭立て戦車を正面から見ている。

39*  浮彫。トルコ南部、Gjölbaschi-Trysaheroonの南外壁のフリーズ。前400年頃。(左から)Amphiaraos(右腕を高く上げ、上方を見る)、男、戦車(右向き。馬の腹部まで地中に沈んでいる)。

40*  浮彫。Volterra遺灰容器。前1世紀前半。(右下)左向きに走る4頭立て戦車(地中に沈む)、Amphiaraos(右腕を高く上げる)。

41*  浮彫。Volterra遺灰容器。前1世紀前半。(右下)左向きに走る4頭立て戦車(地中に沈む)。Amphiaraosは失われた。

42  浮彫。Volterra遺灰容器。前1世紀前半。

43  浮彫。Volterra遺灰容器。前1世紀前半。

44*  浮彫。Chiusi遺灰容器。前2世紀後半。(上段、左から)4頭立て戦車を駆る人物、EtruriaDaimon、城壁の上から岩を投げようとするThebai人、梯子を登るKapaneusFuria(復讐の女神)、Amphiaraos(右腕を上げる)、Baton。(右下)Amphiaraos4頭立て戦車(右に走る)。

45*  浮彫。terracottaの破風。Talamoneの神殿出土。前2世紀第2四半期。(左上方から)不明断片、Amphiaraos(右腕を上げていたが、腕は失われた)、Etruriaの有翼女神、同、馬の頭部、人物、馬の頭部。

46*=Oidipous 92*  浮彫。Roma石棺。紀元2世紀末。(左から)Eteokles/PolyneikesOidipous 、IokasteAntigoneEteokles/PolyneikesKapaneus(梯子を登る)、Amphiaraos(戦車もろとも地中に沈む)、Gaia?(馬の下、地中から上半身を現す)、EteoklesPolyneikesの相討ち。

47  文献。Philostratos, Eikones, I.27, AmphiareosOberbeck, Nr.72


M-Nギリシアにはない、エトルーリアだけの特異な話)

M48)アイアースとアンフィアラーオスに死を告げるラサ

48*  Etruriaの鏡。前4世紀前半。(左から)Amphiaraos [Hamphiare](座る、右向き)、LasaEtruriaの女神)、Aias [Aivas]


N49)アキッレウスを突き倒すアンフィアラーオス

49*  Etruriaの鏡。前4世紀後半/前3世紀。(左から)Achilleus [Achle](倒された)、Amphiaraos [Amphiare]Achilleusを槍で突こうとする)。


O50)冥界のアンフィアラーオス

50*  Etruria壁画。Vulci, Tomba François(フランソワの墓)出土。前4世紀第3三半期。(左から)Sisyphos [Sisphe](大きな岩を運ぶ)、Amphiaraos [Amphare]Sisyphosを見る)。

50a =add.2*  陶器画、Apulia赤像式。(上段)naiskos(祠)の中に、(左から)Amphiaraos(武装)、Hades(玉座に座る)。

50b =add.3*  陶器画、Apulia赤像式。前320年頃。(腹部上段。中央、左から)Amphiaraos(武装)、Hades(玉座に座る)、Persephone(立つ)。(腹部下段、左から)Hermes4頭立て馬車、Hekate

50c =add.5*  陶器画、Apulia赤像式。前320年頃。(上段)naiskos(祠)の中に、(左から)Amphiaraos(武装)、Persephone(玉座に座る)。

50d =81* 陶器画、Apulia赤像式。前320-310年頃。(上段)naiskos(祠)の中に、(左から)Amphiaraos(武装)、Hades(玉座に座る)。


III 神としてのアンフィアラーオス

P51-57)神としてのアンフィアラーオス

51  粘土板。OroposAmphiareionAmphiaraos神域)出土。

52*  貨幣。銅貨、Oropos発行(ὠρωπιων)、Gallienus帝、紀元260-268年発行。(裏)玉座に座るAmphiaraos

53*  丸彫彫刻断片。OroposAmphiaraos神殿の礼拝像。左腕の断片だけが残る。Paros産大理石。等身大の倍以上の大きさで、おそらくAmphiaraos像。

Pausanias, 1.34.3に記述がある。

54*  丸彫彫刻。OroposAmphiareionAmphiaraos神域)出土。前4世紀。Amphiaraos像。

55  丸彫彫刻。OroposAmphiareionAmphiaraos神域)出土。前4世紀末。

56  丸彫彫刻。碑文のある基台も。RhamnousAmphiareion出土。前3世紀か。

57  文献。Pausanias, 1.8.2。丸彫彫刻。AthenaiAgoraにあった。


Q58-60)アンフィアラーオスの頭部

58*  鉛板。OroposAmphiareionAmphiaraos神域)出土。Amphiaraos神殿への入口を示す案内板。左端にAmphiaraos頭部、右端にHygieia(健康の女神)頭部。間にἱερόν Ἀμφιαράου, Ὑγίειᾱ

59  貨幣。銅貨、Oropos発行、前2世紀。

60*  貨幣。銅貨、Oropos発行、前2世紀。(裏面)冠をかぶった右向きの頭部。


R61-66)病人を治癒するアンフィアラーオス、およびその崇拝者たち

61*  浮彫断片。奉納板。RhamnousAmphiareion出土。前4世紀初め。(左から)信者の女、男(小さく表されている)、(欠損)、Amphiaraos、若者。

63*  浮彫断片。奉納板。OroposAmphiareion出土。前4世紀前半。下の枠にἈρχινος Ἀμφιαραωι ἀνέθεκεν(アルキノスがアンフィアラーオスに捧げた)とある。(左から)蛇を使ってArchinosを治療するAmphiaraos、寝台に横たわるArchinos(蛇が肩を嚙んでいる)、元気になったArchinos

64*  浮彫。奉納板断片。OroposAmphiareion出土。前4世紀前半。(左から)Amphiaraos(左向き)、Hygieia(左向き、Omphalosに座る)。おそらく左に信者たちが表されていた。

65*  浮彫。公的碑文(公文書)。AthenaiAmphiareion出土か。前320年頃。(左から)アンフィアラーオスἈμφιάρᾱος、アルティクレイデースἈρτικλείδης(祭壇に傍らに立つ)、ヒュギエイアーὙγίειᾱ

66*  浮彫。奉納板断片。OroposAmphiareion出土。前4世紀中頃。(左から)信者の家族(夫婦と子供二人)、AmphiaraosHygieia、最後の食事をとる?信者(クリーネーκλίνηに横たわり、右手に牡羊の頭部の形のリュトンῥυτόνを持つ)、少年神官。


S67-68)馬車を駆るアンフィアラーオス

67*  浮彫。奉納版。Skala Oropos出土。前4世紀初め。家の扉に嵌め込まれていた。4頭立ての戦車を駆るBatonAmphiaraos(武装、アポバテースἀποβάτης)。

68*  絵画。大理石に描かれたモノクローム画。4頭立ての戦車を駆るAmphiaraosἀποβάτης)。馬は葦毛(白)。前4世紀の著名な絵画に基づくローマのコピーか。


(存疑)

T69-83)アンフィアラーオスかどうか不確実なもの

(分類のD「アンフィアラーオスとアドラストスの間の諍い」)

69*  陶器画、Attika赤像式。前5世紀第2四半期。Beazleyによれば「AmphiaraosAdrastosの間の諍い」。Eriphyleを挟んでAmphiaraosAdrastosが争う。左右に他の将軍が一人ずつ。

70 →22*  22の場面「3」について「AmphiaraosAdrastosの間の諍い」(分類のD)と解する説がある。


(分類のE「アンフィアラーオスの出征」。抄)

71  壺の浮彫装飾。Pithos、通称「Schliemannkrater」。Attika初期。前7世紀第2四半期。(左から)戦士(馭者の着る長衣xystisを着、戦車に乗る)、2頭立ての戦車、女(子供を抱く)。

72*  陶器画、Tyrrhenia製。前6世紀第2四半期。戦場に向かうAmphiaraos。(右から)老人(座る。嘆きのポーズ)、4頭立て戦車、Baton

Amphiaraos──記名がなく、Eriphyleがいないので、他の戦士の可能性もある。

73a* =Andromache 20*  陶器画、Attika赤像式。前440年頃。(左から)妻(剣を持つ)、少年(父の腕に両手でつかまる)、出征する父、戦友。二通りの解釈が可能。(1) AndromacheAstyanaxHektor(2) EriphyleAlkmaionAmphiaraos──妻が剣を持つ(出征する夫に武器を渡す)ので、(1) Hektorの方が妥当と思われる。

74*  陶器画、Apulia赤像式。Dareiosの画家。前4世紀第3三半期。(下段、左から)少年2人、戦士(子供の方に手を差し伸べる)、馭者、4頭立て戦車、若者。(上段、左から)教育係の老人、ErinysApollon、白鳥、AthenaHermes──Eriphyleがいないが、子供が2人なので、下段はおそらくAlkmaionAmphilochos

AmphiaraosBaton

74a  陶器画、Apulia赤像式。Dareiosの画家。前4世紀第3三半期。

74b  陶器画断片、Apulia赤像式。前4世紀第3三半期。

75*  壁画。lykiaElmali付近のKizilbelの墓の墓室壁画。前6世紀後半。(左から)女、戦車に乗った男二人、2頭立て戦車(右向き)、Daimon、老人。

76*  壺の浮彫装飾。Thasos島出土pithosの断片。前6世紀前半。(右から)女3人、子供2人、戦車に乗り込む戦士、馭者、戦車。──子供が2人なので、おそらくAmphiaraos

77  ブロンズ板、打ち出し。断片。ギリシア東部出土か。前7世紀後半。

78* =Andromache 26*  ブロンズ板、打ち出し。ギリシア東部出土。前6世紀第1四半期。(右から)子供を肩に乗せた女、戦車に乗り込む男、馭者、戦車。HektorまたはAmphiaraos

78a* =Andromache 25*  彫石。Roma帝政期。(左から)子供を抱く女(子は父の方に手を伸ばす)、振り返る男(武装)。おそらくHektor

AndromacheAstyanax


(分類のH「アンフィアラーオスとリュクールゴスの戦いを、アドラストスとテューデウスが仲裁する」)

79  陶器画断片、Lakonia製(南ギリシア)。前550年頃。


(分類のO「冥界のアンフィアラーオス」)

80  陶器画、Apulia赤像式。前4世紀後半。

81* →50d  陶器画、Apulia赤像式。前320-310年頃。

81a  陶器画、Apulia赤像式。前4世紀第3三半期。

81b  陶器画、Apulia赤像式。前4世紀第3三半期。

81c  陶器画、Apulia赤像式。前4世紀第3三半期。


(分類のP「神としてのアンフィアラーオス」)

82  丸彫彫刻。頭部だけ。RhamnousAmphiareion出土か。前5世紀後半。


(分類のR「病人を治癒するアンフィアラーオス、およびその崇拝者たち」)

83  陶器画、Boiotia赤像式。前5世紀末。


U84-86)アンフィアラーオスという解釈があるが、排除すべきもの

84  陶器画、proto-korinthos中期。前675-665年頃。

85  陶器画、Lukania初期。前400年頃。

86  彫石、ガラス。EtruriaItalia製。前4/前2世紀。多数。